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佐々木苑子  Sasaki Sonoko

 

人間国宝 Living National Treasure

佐々木苑子(1939–2017)氏は、日本の伝統的な紬織の技法を基盤としながら、絵画的な表現を織物の世界へ取り入れることで、新たな芸術性を切り拓いた染織作家です。繊細な色彩感覚と独創的な絵絣表現によって生み出された作品群は、日本の染織芸術に新たな地平をもたらしたものとして高く評価されています。
20代半ばより本格的に染織の道を志し、静岡や山陰地方の工房で研鑽を積みました。その後、紬織と絣の研究に専念し、伝統的な技法への深い理解を礎としながら独自の表現を追求しました。
従来の絣は、幾何学的で抽象的な文様を中心として発展してきましたが、佐々木苑子はそこに写実的な表現を取り入れた「絵絣」を積極的に用いることで、新しい作風を確立しました。自然や花々、四季の風景を主題とした意匠は、まるで一幅の絵画を見るかのような豊かな情感を備えています。
制作においては、織り上がった状態と同じように糸を並べ、その上から型紙を用いて図案を描き、種糸を作るという伝統的な種糸絣の技法を用いています。極めて高度な計算と熟練した技術を必要とするこの工程によって、織物でありながら絵画のような精緻な表現が可能となっています。
また、佐々木苑子氏の作品において特筆すべきは、その優れた色彩感覚です。柔らかなパステル調の色彩と、深みのある落ち着いた色調を絶妙に組み合わせることで、作品に豊かな奥行きと気品を与えています。繊細なグラデーションや色彩の重なりによって生まれる優雅な表現は、他の染織作品には見られない独自の魅力となっています。
その芸術性は高く評価され、平成17(2005)年には重要無形文化財「紬織」の保持者(人間国宝)に認定されました。紬織の分野において二人目の人間国宝であり、その功績は日本染織史において極めて重要なものと位置づけられています。
さらに平成22(2010)年には旭日中綬章を受章し、日本の伝統文化の継承と発展への貢献が広く認められました。
佐々木苑子氏の作品は、伝統技法の継承にとどまらず、織物に新たな表現の可能性をもたらした芸術作品です。そこには自然への深い愛情と、織りによって絵画を描こうとする創造的な挑戦が息づいています。
佐々木苑子氏は、紬織という伝統工芸を現代芸術の領域へと押し広げた革新者であり、その作品は今なお多くの人々を魅了し続けています。

谷の戸 Tani no To [No.151]

[名古屋帯  Nagoya Obi]

Sasaki Sonoko  佐々木苑子

Sasaki Sonoko 佐々木苑子


 

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《谷の戸》は、佐々木苑子氏が追求した紬織の静謐な美しさと、織による詩的表現を象徴する名古屋帯です。簡潔な幾何学文様によって構成されながらも、自然の風景や季節の移ろいを想起させる豊かな情感を備えており、佐々木苑子氏ならではの感性が息づく作品として高く評価されています。
 
穏やかな灰褐色の地の上には、黄、緑、白、淡紅などの色糸による規則的な格子状の文様が織り出されています。一見すると抽象的な構成でありながら、その繰り返しの中には自然の律動が感じられ、静かな山あいを吹き抜ける風や、谷間に差し込む柔らかな光を思わせます。
 
作品名の《谷の戸》は、深い谷に開かれた小径や入口を連想させます。規則正しく並ぶ文様は、山々に囲まれた谷間の田畑や木々の連なりを想起させるとともに、人と自然が共生してきた日本の原風景を象徴しているかのようです。抽象表現でありながら、見る者それぞれの記憶や感情に寄り添い、多様な情景を呼び起こします。
 
佐々木苑子氏は絵絣による写実的表現で知られる一方、こうした幾何学的な構成においても卓越した表現力を発揮しました。本作では、紬ならではの素朴で温かみのある風合いを生かしながら、色彩の重なりや文様の反復によって奥行きのある空間を生み出しています。
 
特に注目されるのは、その繊細な色彩感覚です。明るい黄色のアクセントは谷間に差し込む陽光のような温かさを与え、淡い緑や白は自然の清涼感を感じさせます。抑制された色使いでありながら、作品全体には豊かな表情が生まれ、静かな品格が漂っています。
 
また、本作には佐々木苑子氏が生涯大切にした「織による絵画表現」の精神が息づいています。派手な装飾に頼ることなく、糸そのものの質感と色彩の調和によって風景や情感を表現する手法は、同氏の芸術観を象徴するものです。
 
《谷の戸》は、自然への深いまなざしと紬織の持つ素朴な美しさを融合させた作品です。その静けさの中には、日本の風土が育んだ豊かな情緒と、佐々木苑子氏の洗練された美意識が織り込まれています。
 
本作は、伝統的な紬織の可能性を広げた佐々木苑子氏の芸術性を示す優品であり、日本染織芸術における現代的な抽象表現の魅力を伝える作品として高く評価されています。